INTERVIEW

現場と経営をつなぐ翻訳者でありながら、自身のチャレンジも忘れない オコソコ 徳田有星さん【スポンサーインタビュー第9弾】

2024.02.20
くうが

学校・学年・専攻の垣根を越え、共に、人生をデザインする術を身につける場であるライフデザインアカデミーMOKUMOKU。実は、頑張る学生を応援してくださるスポンサー企業の方々によって支えられているんです。

スポンサー企業の方々の仕事や人生を知ることで、自分の未来について考える材料が増えるのではないか…?

よって、第2期では、スポンサー企業の方々にMOKUMOKU生がインタビューを行い、記事にすることに挑戦していきます!

第9弾は、“株式会社オコソコ”です!

スポンサー企業のご紹介

「挑戦する人と共に、楽しい居場所をつくる」をミッションに掲げ、2018年にNPO法人などが出資して設立。南九州市頴娃町にて集いをつくる宿 「ふたつや、」「かこゐ、」「だしとお茶の店 潮や、」といった店舗運営や行政事業のプロジェクト実施、店舗開発支援などを手がける。移住者の多い頴娃町において、地域のハブとして人と地域を繋げている。

インタビューのお相手は、徳田 有星(とくだ ゆうせい)さん

令和5年3月に入社。鹿児島県姶良市。九州工業大学、鹿児島県庁、株式会社リクルートを経て、現在は株式会社オコソコの事業戦略部長を務める。運営する「ふたつや、」「かこゐ、」の管理運営、「潮や」でのお茶の淹れ手から、行政事業・店舗開発事業のプロジェクト推進など、幅広く務める。趣味は「筋トレ」

今のお仕事に至るまでの経緯を教えてください!

高校は川内高校でした。当時は建設や建築、土木に興味があり、福岡県北九州市にある九州工業大学の建設社会工学科に進学しました。土木と建築は全く別物で、社会のインフラ、例えば川や道路などを作る土木と、建物やビルをつくっていく建築です。学び始めて早くも1年目、「自分はあまり土木にも建築にも興味がないかもしれない、、」とふと感じたことを今でも鮮明に覚えています。笑

勉強しながらも、将来何を仕事をしたいか悩み続けた4年間でした。周りの友人たちはもちろん土木建築を仕事についていくスタンスだったので、就職先もゼネコンや建設会社、建築会社でした。私は地元に戻りたいという想いもあり、鹿児島県庁に入庁しました。

鹿児島県庁には、5年間在籍しました。2年間は、商工政策課という部署で、商店街活性化やまちづくり、中心市街地活性化などを担当しました。

実は、オコソコの代表の蔵元さん(クラさん)のことは、この時期から知っていたんです。そのときクラさんは協力隊で、現在カフェとして営業している潮や、が当時は「塩や、」という名前でコミュニティスペースだったことを覚えています。私自身が新卒だったので、初任者研修で訪れていて、まちづくりや地元の活性化に関心を持つようになったのも、その頃からでした。そのときの上司が「仕事の枠を越えてまちに飛び出しなさい」という言葉をくださり、休日も活用していろんな人に会いに行きました。本気で動いている方々にも多く知り合えたことで、この頃からようやく人生における仕事の軸を真剣に考えるようになりました。笑

残りの3年間はガラッと変わり、苦しい時期でした。土木の部署に戻ることになり、国予算を県内各地域に振り分けるという仕事から、土木工事の現場監督まで幅広く業務に携わりました。行政マンとしてのスキルは身につきましたが、また同じ仕事をしたいかと言われると、、という感じです。笑ただ、多くの方とつながり、社会人として成長させていただいた県庁での時間は、本当にかけがえのない財産になりました。

県庁を退職したあと、リクルートへ転職しました。県庁にいたときと同様、地元に貢献できる仕事をしたい、そして、ビジネス・経営的な知見を身につけたいと考え、リクルートを選択しました。自ら希望して鹿児島の部署に配属していただきました。所属していた2年間、みっちり鍛えられました。1日100件企業をリストアップし、電話・アポ・商談を繰り返す日々でした。

地元の経営者の方々に会いまくり、なぜ起業したのか、なぜこの仕事なのか、など知りたいことは何でも聞き、自分の中で蓄積していきました。仕事は努力した分が成果につながり、よら楽しくなっていくということを学んだ2年間でした。

リクルートに入って1年半ほど経ったとき、クラさんから連絡をもらいました。

「オコソコに来ないか」という内容でした。オコソコの10年目に向けて、新しいメンバーを求めているという話でした。リクルートでは、昇進の話がきたタイミングでもあったので、とても悩みました。あわせて、私自身が元々健康産業に興味があり、将来この分野で仕事をつくっていきたいという想いが奥底にあったことも悩んだポイントでした。

それでも、自分が成し遂げたい目的・目標を達成する上で、オコソコでの経験はきっと必要になると思い、リクルートを2年間で卒業しました。

鹿児島市から頴娃町へ暮らしの場を移して、どんなことを思っていますか?

鹿児島市から移住したので、もちろんまちの規模は小さくなりましたが、とても充実していますね。海が近いので朝は海沿いを散歩をしますし、アウトドアが好きでキャンプもします。

株式会社オコソコでは事業戦略部に所属し、現場の仕事から店舗開発まで、幅広い業務を担当しています。店舗づくりや商品開発、宿のホームページの作成など、入社して1年間くらいですが、本当にさまざまな経験を積んできました。

これまで振り返ると、自分にとってはまた新たな成長につながる1年でした。自分が30歳を目前にして、まさかカフェでお茶を淹れたり、ホームページを自分でつくることになるとは思っていませんでしたが、目の前の仕事ひとつひとつの大切さに気づく機会でした。

やって無駄なことなんてないんだと思います。

1年近く経って、ようやく自分の強みを生かしながら、会社の力になっていると実感しています。自分が現場に入ることもありますが、仕組みを作っていく立場として中立であることを意識しています。新しい会社なので、日々考えることはたくさんあります。

仕事をする上で大切にしていることは、冷静であることです。

ぼくは熱くなってしまうタイプで、社長も同じなんです笑。だから、できるだけ冷静に考える。イレギュラーもたくさんありますが、社長とも現場ともしっかり話して、どんなルールがあれば良いか、どんな仕組みをつくると円滑に回っていくか考えて、落とし込んでいく。そういった姿勢がより重要だなと感じることもここまで多くありました。

最後に、大学生の皆さんへのメッセージをもらえますか?

生きていく上で、正解を出せる人もいれば出せない人もいます。自分が学んだことや挫折したことは、人それぞれ。でも、焦らないでくださいね。将来を見据えて、自分が本当になりたい姿を描き、一歩ずつ進んでいくこと。その選択に後悔しないためにも、長い目をもってほしい。1年先2年先じゃなくて、もっと先の人生を想像して、一つひとつ、選んでください。自分らしく進んでいけば、後で振り返って良かったと思える道をきっと選べていますよ!

インタビューを終えて

自治体から、大企業、そして地方のベンチャー企業、というキャリアを歩む決断は、決して軽いものではありません。徳田さんの話を聞きながら、その決断にはいつだって自分自身の「やりたいこと」「探し求めていること」が心の奥底にあるんだなと感じました。正解は、そのときの自分によって変わるけど、その変わりゆく正解を受け止めがら、自分自身や、仲間たちと対話し続ける徳田さんの大きな姿に、ぼく自身、とっても影響を受けました。徳田さん、ありがとうございました。

MOKUMOKUを運営している合同会社hataoriの代表をしています。鹿児島出身で大学時代は福岡にいました。白シャツとあんこが大好きです。

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